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西司朗に奇蹟を いちファンのたわごと

2015年7月19日(日)、東京の梅雨が明けた日、『耳をすませば』20周年記念上映会に多摩センターまで足を運びました。

耳をすませば』では、雫と聖司、夕子と杉村がそれぞれ結ばれます(後者の関係はエンディングで示唆される)。ところが、地球屋の主人・西司朗さんはドイツに女性を残したまま帰国し、ついに再び彼女と会うことはありませんでした。

…と、今まで考えてきました。たぶんかなり多くの人たちもそう思っていることでしょう。でもそれでは司朗さんが可哀想じゃないですか。自分自身はうまく行かなかったけれど、聖司たちに幸福な道を歩んでもらえればそれでいいんじゃないかって? あんまりです。

そこで、司朗さんにも幸せになってもらうべく、次のようなストーリーを考えました。宮崎駿の言う「ありったけのリアリティー」を与えつつ、司朗さんにも「出会いの奇蹟」と「生きる事の素晴らしさ」を味わってもらうつもりです。

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雫はバロンの登場する物語の案を練っているとき、図書館で猫の民俗誌や鉱石図鑑といった本を借りています。ただその一方で、『ドイツ紀行』と『東欧史』という本も同時に借り、読もうとしています。

映画を観る限り、雫の書いた物語は、猫の男爵が人間の少女の水先案内人を務める幻想世界が舞台であり、その世界にはまだ魔法さえ残っている場所があります。そういった世界観には、「ドイツ」や「東欧」といった実在する国・地域は不相応な気がします。ではなぜ雫はこれらの本を借りたのでしょうか?

この時点で雫は知らなかったとはいえ、ドイツは司朗さんの留学先ですから、確かに「不思議な類似」(西司朗)ではあるものの、ここに手がかりがありそうです。

司朗さんはドイツで女性(ルイーゼ)と別れ別れになりました。そのとき、バロンとバロンと対になっているメスの猫人形もやはり離れ離れになってしまいました。「不思議な類似」と司朗さんが言う以上、雫の書いた物語も恐らくこれとかなりよく似た悲話を孕んでいるはずです。実際、彼女の物語にもバロンとルイーゼという猫人形が登場していますが、この二人の関係は(どうやらムーンに)引き裂かれてしまうようなのです。

西司朗さんの場合、二人の間を引き裂いたのは戦争でした。戦後ドイツへ戻って探してみたものの、結局彼女も猫の人形も発見できませんでした。

雫の物語の場合も、二人の間を引き裂いたのはやはりムーンの暴力的な何かであったことが推測されます。しかし、司朗さんは雫の書いたものを「希望の物語」と呼んでおり、たぶん雫の物語の中では、バロンとルイーゼは再会するはずです(あるいは再会の望みをつなぐ)。

このような、別れてしまった者たちが再会するというモチーフを、雫は最初から考えていたのではないでしょうか。なぜなら、雫はそのようなモチーフをよく知っていたからです。ここでようやく「ドイツ」と「東欧」というワードが登場します。

耳をすませば』の時代設定は1994年であると、映画の中にときどき出てくるカレンダー等から推測することができます。確定するのは躊躇われますが、かなり高い確率で1994年の線が濃厚でしょう。

興味深いことに、ベルリンの壁崩壊は1989年、ソ連崩壊は1991年です。つまり、雫が小学6年生のとき、東西冷戦が終結したわけです。西と東に分かれていたドイツは再び統合され、西側諸国と東側諸国との交流も行われるようになりました。

このようなほんの数年前の歴史的事実を雫はよく知っているでしょうから、それで、「再会」というモチーフを広げ深めるために、『ドイツ紀行』や『東欧史』といった本で勉強しようと思い立ったのではないでしょうか。

前もって言っておきますが、雫は勉強があまり得意でないから冷戦のことなんて知らないはず、という批判は全く当たりません。まず、これほどの大ニュースなら関心の有無は勉強の出来如何に関わりません。そして、そもそも雫は勉強がかなりよくできます。

雫が「100番も落っことしてる」という学校の最新の成績は、「276人中153位」でした。つまり、それ以前は学年50位前後だったわけです。確かにトップクラスではないとはいえ、でも上位グループではあります。もともと勉強ができるのです。

さあ、ここまでぼくが書いてきたことは全て、希望への道の舗装工事です。そこを歩むのは西司朗さんです。

司朗さんは映画の中で、戦後ドイツに戻って探してみたがついに彼女を見つけられなかったと語っています。もう想像がつくと思いますが、その人(ルイーゼ)は猫の人形と共に東ドイツに渡っていたのではないでしょうか。司朗さんが西ドイツをいくら探しても見つからないはずです。

しかし、今や時は1994年。数年前にベルリンの壁は崩壊し、ソ連も崩壊、東西冷戦は終結しました。今なら二人は再会できるのです。

このあと間もなく阪神大震災が起きます。この大震災のニュースは世界中を駆け巡ります。当然ドイツも。ルイーゼは西司朗さんのことが気がかりになるはずです。あの人は無事だろうか。あれからもう50年、私は結婚し(たぶん)、あの人もきっと誰かと結婚しているだろう。それに私はもうすっかり歳を取ってしまった。でも、あの人と交わした約束はまだ果たせていない。行こう。日本へ…! あの人のもとへ…!

雫と聖司、夕子と杉村、そして西司朗とルイーゼ。

こうして『耳をすませば』は三組の「希望の物語」を紡いでゆくのです。

 

ところで、夕子に振られた上に友人の杉村にその夕子を奪われてしまった野球部の彼。彼にも希望の物語は用意されているでしょうか?「ちょっとかっこよかった」らしいので、たぶん、きっと、彼にも美しい物語がありますよ。そうであることを祈りつつ。

いちファンのたわごとでした。