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世界はあなたのコレクション

出掛けた場所で見たこと・読んだもの・考えたことを、いつか誰かと共有するために。

木の葉、呪文、恋

9月頃から書こう書こうと思っていたこと。

9月を最後に新宿御苑には行っていません。

そもそも通い出すことにしたのは、生活のリズムを作り出すため、一人でじっくり考える時間を作るため でした。

あれから一年以上が経ちました。年間パスポートを更新するのはやめ、新宿御苑に通うのはよすことに決めました。

なぜなら、この一年のうちに、新宿御苑に行かなくとも既に生活のリズムは出来上がりつつあり、一人で考えることもできるようになっていたからです。

ぼくにとって新宿御苑というのは、タヌキにとっての木の葉であり、魔術師にとっての呪文です。それを用いることで自分の力を増幅させるための触媒。木の葉を頭に載せることでタヌキは集中力を増し、呪文を唱えることで見習い魔術師は魔法を使うことができるようになります。つまり、ぼくは新宿御苑に行くことによって生活のリズムを維持する力を得、考える環境を整えていたわけです。

呪文を省略して魔法を使えるようになれば一人前の魔術師です。最初ピッコロは魔貫光殺砲を撃つのに指を額に当てて多大な精神集中の時間を要しました。ところがやがてそうせずとも同じ技を繰り出せるようになります。

新宿御苑に通わなくとも、いま自分の生活には一定のリズムがあるし、自宅でも自由に考えを巡らせることができます。環境を選ばず、触媒を用いることなく、木の葉を頭に載せずとも、くるりと宙返りすればキツネにも化けられます。

むかし日本には世捨人や隠遁者と言われる人たちがいましたが、最も偉大なのは世を捨てずに世捨人になっている人、隠遁せずに隠遁している人だという話を聞いたことがあります。つまり、人里離れたどこか遠いところで暮らすよりも、人々の中に交わりつつ閑居する方が、困難な営みだというのです。

夢想さえすれば、四方を家に囲まれた四畳の部屋もドコモタワーを臨む御苑へ変わります。

もっとも、ぼくは別に思想的に一人前になったわけではないし、どんな魔法でも使えるようになったわけでもありません。ただ、新宿御苑に行くことで使うことができていた魔法なら、場所を選ばずに出すことができるようになっただけ。より高度な技を用いるには、また新たな触媒が必要になるのかもしれません。