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世界はあなたのコレクション

出掛けた場所で見たこと・読んだもの・考えたことを、いつか誰かと共有するために。

砂漠の井戸

新宿御苑

先日、今年初めて新宿御苑を訪れましたが、ブログを書くまでにやや時間が空いてしまいました。なぜなら、率直に言って、それほど豊かな滞在にすることができなかったからです。これなら何も書かない方がいいかな、と躊躇していました。

実りある時間を持てなかったのは、第一に冬の寒さのせいです。第二に気持ちの余裕がないせいです。

やはり、冬、外で自然を観照したり本を読んだり考え事をしたりするのは厳しいです。レストランで食事を取りつつ休憩すればよいのですが(元々そのつもりでした)、正直お金がかかってしまうのがいやだし、またレストランに一人で2時間以上いるのは抵抗があります。けれども、寒風に晒される休憩所に長時間いることが難しいのは明白です。

そこで、先日は御苑内の温室に久しぶりに入って暖を取ろうとしてみましたが、ここはあくまで植物を観賞するところなので、腰かけて読書に勤しめるような椅子はありません。確かに暖かいですが、ずっと突っ立っているわけにも歩き回るわけにもゆかず、早々と退室してしまいました。

それでも、新宿御苑に滞在する時間が本当に貴重なものだったら、ぼくは御苑内を散策し、レストランに居座ることを選択したでしょう。そうする気持ちになれないのは、余裕が失せているせいです。

ゆっくり構えて、じっと考える。自宅ではそれが難しいと感じていたので、場所を変えることでそういう時間を自分に与えようとしていたのですが、このところ、たとえ場所を変えても腰を落ち着けていることができなくなりつつあります。なんだか億劫で、気力が湧かない。自然を見て考えることが大切なのは分かっているのに、日々の瑣事の方に気を取られてしまう。

いっそのこと、春が到来するまで新宿御苑には行かないと決断するべきなのかもしれません。

先日の御苑、風が時折り池を渡るのを眺めながら、ここから何か大事なものを見つけようと躍起になっていました。タルコフスキーの映画の中に、風が草原の向こうからゆっくりと草の葉を靡かせながら、こちらに押し寄せてくるシーンがあります。風はゆっくりとやって来ます。透明な巨人が大地を踏みしめてくるように、おごそかに、確実に、それはぼくらの鼻先へにじり寄ってくるのです。あちらの池の端にさざ波が起こる。すると波は次の波へと伝播してゆき、ぶわりと広がって、やがて水面に縞模様が描かれる。傍に佇んでいる木々は葉叢を揺らす。土の上に落ちている枯葉がカラカラと、足元近くにまで転がってくる。もうすぐだな、と思った矢先に冷風がぼくの四肢を擦り抜けてゆく。髪の毛が乱れる。

池はキャンバスで、風は絵筆。そんなことをぼんやりと考え、陳腐だなと打ち消す。そうじゃない。平面的に捉えるのではなく、もっと立体的な現象のはずだ。この風を、どんなふうに感じ取り、どんなふうに表現すればいいんだろうか…。

何かを観察すれば、そこから何かを「読み解く」必要があると、ぼくは焦燥を感じていました。そして読み解いたなら、それをどこかに表現しなければならないんだと。余裕を失くしてしまっているのです。

ぼくが本当に考えたいのは、「砂漠の井戸」のテーマです。砂漠が美しいのは、井戸が隠れているから。ご存知『星の王子さま』に出てくるフレーズです。ぼくは井戸のことを考えたいのです。でも今のような心境では、それは難しいと言わざるを得ません。

どうすればよいのか分かりません。しかし、と言葉を継ぎたいのに、次の言葉が出て来てくれない。